【日記】なりたい自分になる vol.19|自問自答編

【日記】なりたい自分になる vol.19|今を生きる重要さについて

主夫ライター兼ブロガーとして心機一転中のニワっちです。

2020年、早くも夏が訪れています。

代わり映えしない毎日をゆっくりと生きていますが、今回も好きなように言葉を綴ってみようと思います。

恵まれた命も有限である

今を生きる重要さについて

36年…随分と長い時間を生きてきたなぁと感じます。

近年においてはこれでもまだ平均寿命の折り返し地点にも達していないわけです。

20代から見ればオッサンでもあり、40代から見ればまだまだ若者という中途半端な年頃。

そして20歳から34歳まで、病院を利用しなきゃいけないような病気や怪我は一度もありませんでした。

34歳の時に高熱が下がらない日々が続いてしまったため、久しぶりに病院を利用したくらいです。

2019年からはタバコをやめて運動を始めたおかげか、風邪すらひかないほど健康になりました。

これだけ見ると、自分は健康にだけは恵まれているなと実感できます。

 

人生はいつ終わるか誰にも分からない

人生はいつ終わるか誰にも分からない

どんなに健康な日々を送っていたとしても、自分の人生がいつどんな形で幕を閉じるかは全く想像がつきません。

身近にも予期せぬ突然の別れを散々目にしてきました。

いつしか「もしかしたら自分の最後の日は今日かもしれない」と、そう思いながら行動することが以前に比べて多くなったようにも思います。

人によっては「そんな考え方で人生楽しいの??」と思われてしまうかもしれないけど、むしろ逆なんです。

 

今、この瞬間を自分はどう生きていたいのか?

別に深く身構えたり考えたりする必要はないんだけど、何となく消化するのはもったいないんじゃないかなと。

自分は言葉や態度で気持ちを表現するのが大の苦手です。

だからよく「何を考えているか分からない」なんて言われてしまいます。

仮に「あなたの寿命は残り1時間です」と言われたとしても、言葉や態度で誰かに感謝を伝えようとは思わないです。

強いて言うなら、葬式はしないでほしいとか、どうせやるならライブハウスとかでイベントにして、湿っぽいのは一切無しで適当に酔っ払って見送ってくれとか、そんな言葉を残したい(笑)

これは自分の価値観であり、もし伝えたい言葉が今あるのなら今すぐ使わなきゃ意味がないってことです。

自分の場合は…代わりに文章で伝えます。

こうして不定期に利益にもならない日記を書き続けているのは、本来の意思がまだはっきりとこの場にあるからです。

『楽しけりゃいい』

結局自分の人生って本当に自己中心的で、深い意味はほとんどないんだなぁと思う。

そう思うと、やっぱり『全力で今を楽しむべき』なんじゃないかって、改めて原点回帰している今日この頃です。

決して立派な生き方をしてきたわけじゃないし、いつまで経っても不器用な生き方をしてるなぁと思うけど…出来る限り正直に生きていきたいと思っています。

生き方を決めるのは自分自身

生き方を決めるのは自分自身

ここ数日、外の情報はほとんど自分に流れてこない環境で生活しています。

スマホに触る機会すらも随分と減りましたが、不自由もなければ心はいたって穏やか。

これだけ便利な世の中だと、本当に重要なことはネットですぐに確認できてしまったりします。

いろんな情報が毎日物凄いスピードで流れていて、次第に人の流れや思考も休むことなく一緒に流れてしまっていたりする。

時には立ち止まって、自分の歩幅で時間を感じてみるのも悪くないものです。

現代の流れはあまりにも早すぎる。

自分の想い、自分の生き方、そういった指針が示す先に必要な情報量はどれくらいなのか??

本当に豊かな心を保つのに必要な場所、人付き合い、お金、趣味嗜好はどれくらいなのか??

今を全力で楽しめているだろうか??

ゆっくりと、今この瞬間に注視して吟味した上で、生きることを身軽に嗜んでいきたいです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)